例会記録

2023年4月例会記録

「民具資料と博物館」小林 弘昌(2023.4.26)

はじめに
 日本人の生活の変化に伴って、多くの生活道具が処分されていく危機感のもと、全国で博物館や資料館が作られ、多くの民具資料が展示・保管されるようになった。しかし、これらの資料が、近年保管場所や管理体制の都合により、廃棄の危機に瀕している。
 中でも、5年前の鳥取県北栄町で開催された「民具資料のお別れ展示」は初めて自治体が所蔵する民具資料の廃棄(除籍)を公にしたということで話題になった。ここでは、この「お別れ展示」の詳細と現在のその周辺の状況を報告する。

1 「民具資料のお別れ展示」
 民具資料のお別れ展示は、2018年7月から8月にかけて鳥取県北栄町において、町の所蔵する民具資料を選別し、一定の資料を「除籍」対象として展示し、希望する団体、個人に対して譲渡し、希望がなかったものは除籍するというものだった。
 この催しは、町において町広報をはじめとして、新聞各社、テレビ各局等に向けて積極的に情報提供した結果、NHK全国ニュースで報じられるなどして、多くの注目を集めることとなった。
資料の譲渡選考基準の優先順位は以下の通りと定められていた。       
①寄贈者
②教育関係機関
③引取り理由が公益的または資料の価値をより行かせるもの
④それ以外の希望者
また、これに合わせて町は新たに資料の収集方針を定めている。

北栄町歴史民俗資料館資料収集方針(部分)
(資料の除籍)
 北栄町として必要または活用する資料を保存することを前提としたうえで、他の機関との連携も考慮し、次の場合は資料を除籍する。
1広域的な特徴を表す資料等で他の機関へ譲渡することにより学術的な価値がさらに高まり、広域的な研究の推進につながる場合や教育普及活動に等に活用される場合
2整理・保存の取り組みにより、展示・調査研究が困難な劣化及び同種同等以上の資料が確認できた場合
  
こうして開催された展示会の結果は以下の通りだった。
• お別れ展示来場者    903人
•    (町内290人 町外613人)
• 除籍予定資料数     562点
• 申出者数        359件
• 譲渡資料数       473点
• 希望点数     2,580点(5.45倍)

 町は積極的にメディア等にこの催しについての情報を提供した結果、新聞やテレビ等ではこの催しは概ね好意的に捉えられ、民具資料の全国的な収蔵環境の問題と合わせて報じられることとなった。
また、この問題は思わぬところへも波及して、翌年の2019年2月17日に東京大学第18回文化資源学フォーラム
「コレクションを手放す 譲渡、売却、廃棄」にて中心議題となった。

2 その後の北栄町と周辺地域の状況
 「民具資料のお別れ展示」の開催時は大いに話題になった北栄町の民具資料は現在適正な質量となり、有効な活用をされているか現場周辺に確認に行ってみた。
 北栄町(合併前は大栄町と北条町)には、現在展示施設が2カ所あり、旧大栄町にはもと歴史民俗資料館だった施設が現在「名探偵コナン」の作者にゆかりの「青山剛昌ふるさと記念館」となって多くの人を集めていた。また周辺に様々なコナンゆかりの建造物などが建てられており、町を挙げて名探偵コナンを中心に据えた街づくりを進めていることが感じられた。民具資料を展示する場所としては、旧北条町地内にある北栄みらい伝承館(北栄町歴史民俗資料館)が使われているようだが、ここは、常設の展示ではなく、期間を区切って、様々な展示をする施設であり、民具資料はその催しの中の一部で取り上げられるだけであった。
 また、隣接する湯梨浜町(合併前は羽合町と泊村)にもそれぞれ資料館があったが、羽合資料館は古墳と埴輪関係資料の展示がほとんどであったが、泊資料館は、漁村関係の民具資料を中心とした施設だったが、ほとんど外向けの広報がされておらず、訪れる人がまれな状況であった。

3 まとめ
 今回、話題となった北栄町とその周辺の民具資料の状況を報告したが、民具資料を取り巻く厳しい状況は日本全国ほぼ同じものと考えられる。ここ愛知県や、岐阜県の民具資料に関しても、例外ではない。また、この状況に拍車をかけたのがいわゆる平成の大合併による市町村合併で、この合併から20年近い時間が経過した今、少しずつ地方の民具資料を取り巻く状況が悪化してきていることを感じている。愛知県や岐阜県における具体的な状況については次の機会に報告したい。


【感想】
 勤め先の高校で顧問をしている登山部が、昨年、インターハイに出場することになった。場所は香川・徳島県境の阿讃山脈である。1000mほどの国境の山地をいくつもの峠道が横切り、かつては春秋の農繁期に1万頭近い牛が峠を行き来していたという。阿波の山村で飼っていた牛を、田植えや稲刈りの時期に水田の多かった讃岐に貸し出したのであり、農作業を済ませた牛は報酬の米を積んで戻ってきた。借耕牛と呼ぶこの慣行に興味を持ち、徳島民俗学会の調査成果を調べたところ、牛の行き来した地域は共通の民具を使用する一つの文化圏を形成していたことがわかった。精米に用いる唐臼は、杵から伸びる棹と呼ばれる部分の突端を、台に乗った人が踏んで扱うのが普通であるが、阿讃山脈の南北の地域では、棹上を前後に歩いて動かす構造になっていた。「急な坂道を上り下りすることの多かったこの地の人たちにとっては、踏むよりも棹上を歩く方が楽だった」のだという。民具の持つ地域性がうかがえる事例である。
 資料館などで民具を展示するのは、その地域の特性や時代相を民具を通して理解してもらうためであろう。民具がどのような構造を持ち、どのように使われたのか。そうした背景を知ることで、民具は資料としての価値を発揮する。また、お年寄りが民具を見て、それを使っていた頃を思い出して懐かしさを感じ、元気になる回想法の試みもされてきた。しかしながら、民具を展示するにあたり、ただ並んでいるという施設が多いのも事実である。収蔵場所も手狭となり、受贈した民具を持て余すところもあると聞く。そんな中、4月例会の小林弘昌氏の発表「民具資料と博物館」で紹介された鳥取県北栄町の取り組みは、なかなか衝撃的だった。所蔵する民具資料を選別し、町で所有するよりも他で活用したほうがよいものは譲渡をする。希望がなかったものは除籍をするという試みである。安易に処分しようという姿勢ではない。町に必要なものと他で必要とされるであろう民具の線引きをし、可能な限り資料として生かそうという考えは納得できる。譲渡率は84%。こうした資料の精選は、いずれはどこかでおこなわなければならないことに違いない。しかし、こうした過程を踏まえれば、民具資料は廃棄してもよいという風潮が現れることも危惧される。
 民具は年月が経つにつれ、その使い方を知る人は少なくなり、懐かしさも感じられなくなってゆく。その反面、家電製品などが新しい時代相を示す生活の道具として展示されることも増えてきた。農具や漁具という民具は、やがては家電製品の展示に取って代わられるのであろうか。そうやって考えてゆくと、従来聞き書きをしてきた様々な伝承についても、もはや多くの人の知り得ない大過去の事柄となり、現代への継続性が見出し難くなっている。民具にとどまらず、民俗全般の展示でも、ますます困難な時代になってゆくのであろうか。
 北栄町のかつての歴史文化学習館が、現在では同町出身の漫画家を記念する「青山剛昌ふるさと館」となっているということも印象的だった。令和元年度の総入館者数は20万人。「名探偵コナン」での町おこしに一役買っているのだが、郷土の学習よりも観光に力点が置かれるようになったのであり、民俗や民具を取り巻く環境がますます貧弱になっていることを思い知らされた。
 展示施設で民具を扱う方々が、実際の現場でどのように悪戦苦闘をしているのか。それを紹介する第2弾の発表が用意されるという。続報を楽しみにしたい。
(文責  服部 誠)